Staff Voice
スタッフボイス|イデアプラス
テレビ番組の制作現場を支える通訳者・翻訳者の声を掲載しています。
2026/05/16
伝わって初めて、訳せたと言える

翻訳は、言葉を別の言語に置き換えるだけの作業ではありません。
「縦のものを横にしただけ」では、訳したことにはならないと思っています。
キャッチボールで言えば、投げっぱなしではなく、自分が投げたボールがきちんと相手に受け取られて初めて「伝わった」と言える。翻訳もそれに近いものです。話し手の言葉が、視聴者にきちんと届いて初めて、訳せたと言えるのだと思います。
そのため、直訳と自然な日本語のあいだで迷うことは少なくありません。
同じ言葉でも、話す人や状況によって意味するところが少しずつ違うことがあります。辞書的な意味にこだわりすぎることで、かえって話者の意図が伝わらなくなることもあります。
そういう時は、前後の文脈やその場の状況を見ながら、発せられた言葉の本質が伝わる訳を選ぶようにしています。
映像翻訳では、言葉以外の情報も大切です。
話者の表情、身振り、手振り、声の調子、場の空気。そうした身体言語を合わせて見ることで、その人が本当に伝えようとしていることや、その時の感情に沿った訳に近づけることがあります。
また、翻訳するうえで、言葉の扱いを雑にしないことも大切にしています。
以前、欧州における難民問題が大きく報じられていた時、多くのメディアで「大量の難民」という表現が使われていました。私自身もその表現に慣れてしまい、特に違和感を覚えていませんでした。
しかし、あるベテランの校正者の方から「人はモノではない。だから『大量』ではなく『大勢』と言うべきだ」と指摘され、はっとしたことがあります。
人を傷つけたり、差別を助長したりする可能性のある表現でも、日々何気なく触れているうちに、感覚が麻痺してしまうことがあります。だからこそ、テレビのように多くの人に届く媒体では、言葉に対する責任が大きいと感じています。
翻訳の段階でも、その責任を忘れないこと。
話し手の意図をくみ取り、視聴者にきちんと届く言葉にすること。
簡単なことではありませんが、そのキャッチボールを成立させることが、翻訳者としての誠意であり、やりがいでもあると思っています。